La Vento 343

La Vento

N-ro 343   2013. 4・5月号

Suita Esperanto-societo
吹田エスペラント会会報  発行:矢野義男 吹田市山田東2-25-13
郵便振替 00970-0-319578   年会費 6000円  準会費 2400円
ホームページ http://suita.chu.jp


吹田エスペラント会総会終わる!

4月24日(水)に好日荘で吹田エスペラント会の総会が開催された。出席者は矢野会長、佐藤、矢野博幸、松田、松井、大畑、矢吹の7名、委任状4名(藤田、片山、近藤、篠原)計11名で総会成立。昨年度の決算と活動報告、今年度の予算が承認され、続いて活動内容について話し合われた。

 11月3日の市民文化祭について。

フェア・トレードの話はどうか。
映画『バレンタイン一揆』がわかりやすいのでDVDを借りて(3万円)上映してから、エスペーロの店長である斉藤かず子さんに講演を頼んだらどうか。もう一人エスペランティストで関連した話のできる人に頼んではどうか。パネルディスカッション形式はどうか。などなど。
結局、吹田市へ提出する書類の締め切りが迫っているので、斉藤さんの講演をメインに出すことにする。

 エスペラントの例会の持ち方について。

夜に参加しずらくなっている会員が増えてきたので、スカイプを使って例会をやってはどうだろうか、という提案が佐藤さんから出され検討された。家にスカイプがない会員もいるので、徐々に用意をしてもらって水曜日の夜7時半ぐらいから9時までと時間を決めて複数でスカイプを通して学習していければいいのでは、ということになった。全員がスカイプを設置できればいいのですが・・・。
初等講習会もスカイプでできればいいが・・・という意見も出された。
例会のテキストは引き続き、 “ Amuze lernu”を使うことになった。

5月例会会場のお知らせ 
5月 8日(水) 好日荘 
5月22日(水) 好日荘

★ 吹田エス会の会員について

退会者:正置友子(体調等の都合)、井上幸江(転居)、陳建平(カナダ留学)
✰✰ 現在会員18名、準会員1名

★ 会員の近況報告

皆さん、御元気でお過ごしでしょうか。現在、夏に咲く花の苗を苗床からポリ鉢 に植え替える作業で忙しく仕事をしております。冬の間、エスペラントの勉強に役立つかと考え、『記憶術』というタイトルの付いた本を買い集めて読みましたが、特別に効果のある方法のようなものはどの本にも載っていないようです。(その中には、大本教教祖出王仁三郎の曾孫で、出口汪氏のものもあります。)「東大合格者続出」の宣伝はプラセボ効果なのでしょうか?同じことを繰り返し学習するということでは、どの本も同じでした。          島根県益田市    篠原陽介

御無沙汰しております。あいかわらず1週間は綾部へ行っております。体調がおもわしくなく、三つの病院行きです。また、2~3日前から整形外科のやっかいになっております。皆様によろしくお伝えください。  摂津市    藤田寿男

★ フェアトレードとは?

アジアやアフリカ、中南米など発展途上国の中でも農村地域や都市のスラムなどに暮らす人々に仕事の機会を提供することで、資金を援助するだけの一時的援助ではなく、自立を目指した継続的支援をする貿易のパートナーシップのこと。1960年代にヨーローッパから広まった。
小規模農家や手工芸職人に継続的な仕事をつくり、農薬や化学肥料に頼らない自然農法でのコーヒー栽培や、生産地で採れる自然素材と伝統技術を活かした織物やカゴなどの生産品を現地のNGOや共同組合と連携し、日本へ輸入することで、継続的な仕事を提供する。
フェアトレード会社が直接生産者と取引することで中間マージンを削減し、生産者へより多くの収入をリターンできるような流通をとっている。また、フェアトレードで取り扱う商品は子供を働かせて生産したものでないこと、環境に配慮していること、など基準がある。日本の消費者は商品を購入することで国際協力をしているようなかたちになる。



★ 徳島の矢野さんが不自由な体を押して奮闘されて椿展をされたことをレポート発表されたのでそれを次ページに掲載させていただきます。長いので何回かに分けて連載させていただきます。

阿波カメリア椿展奮闘記 (1)                

矢野明徳
はじめに
今から25年前の春、徳島高圧ガス製造部会の総会で老人ホームを経営していた高名な僧侶による「趣味の効用と人生」と題しての講演会が開催され、40歳から専門職の狭間に趣味を一つ決めて少しずつ勉強していけば、20年後の退職後には必ず役に立ち、老後の人生を豊かなものにしてくれますよとの教えを実践してみようと即座に思いつき、帰路途中の農業祭で1鉢の苗を購入して始めた趣味の椿、今回、有料老人ホームカメリアからの会場の提供を頂き、また主催者の徳島椿協会としても、何年ぶりにこのようなりっぱな椿展が実現できたとの由、私にとっても此の上ない喜びであります。自分にとって、老人ホームと椿とには妙に繋がりがあり、不思議な巡り合わせを感じています。
今回の企画は私が発起人となったものの、神戸KCS会員による椿展に触発され、ノウハウを頂戴したことから始まり、また有料老人ホームカメリア側から場所及び机・椅子等の展示資材の提供があり、また会場設営に当たっては、徳島椿協会の会員によるボランテイア活動に加え、阿南椿自然園の木本さまから多数の鉢・花の提供によって実にすばらしい展示が出来ましたこと、関係者一同に対し、紙面をお借りして改めてお礼を申し上げます。有難うございました。
私としても、今回のご縁で徳島椿協会に対し新入生として、何らかの協力ができましたことは嬉しい限りです。脳卒中の後遺症と闘い、体調を管理しながら、山あり・谷あり悪戦苦闘の連続で、私のつたない奮闘ぶりを紹介させて頂き、今回の椿展の成果及び問題点などについて、思いいつくまま書き留めさせて頂きます。
この奮闘記を参考にされて、来年の椿展の開催の際に活用して頂ければ幸いだと思っています。

1)椿展を始める経過について
徳島県庁前の県道を東に1KMくらい車で走ると、昭和町8丁目の右手に有料老人ホームカメリアという大きな看板が目に入ります。ある日ふと、日頃リハビリのため外来通院している藍住町の稲次病院におられる地域福祉担当の女性に対しある日、全くの思いつきでふと、「昭和町にカメリアという老人ホームがありますが、椿と何か関係あるのか知りませんか。もし、関係があるようでしたら、私に椿展をさせてもらえないか聞いてくれませんか」と言ってみたのである。その女性曰く、「矢野さん、来週そこで地域福祉協議会の会合があるので、そこの担当者に聞いてみましょう。また後日返事をします。」と言われ、内心は駄目だろうと思って期待はしていなかったのですが、何とその1週間後、彼女はにこにこしながら私を呼び止めて、「矢野さん、カメリアの営業の方から返事がありました。ぜひ、椿展を開催して下さいと言われました。そこの理事長さんの奥様が椿の愛好家だそうです。ぜひともお願いしますよとの事でしたよ。」と言われたのです。その場で名刺を渡され、不思議なご縁で、突然この企画案件は始まったのでした。
それから、何度かカメリア老人ホーム営業担当の小林さまとメールのやりとりをして、私の自宅に椿を見に来られ、担当者のお世辞に載せられて、さっそく来年の春にと話が煮詰まっていったのでした。

2)徳島椿協会の支援
私は脳卒中になって倒れてから3年、病状は完全に治ってはいなくて、リハビリを続けている最中であった。この病気は回復がとても遅く、今だに季節の変わり目には、体調を狂わせる変化が幾度となく発生し、特に右手の腱鞘炎、腰痛、強烈な便秘、左手首の打撲、左半身のシビレ、言葉の障害等あり、とても普通の人に比べると、満足な体調を維持しているとは思えないのでした。
椿展の開催を快諾したものの、自分一人では心配になり、本当のことを言えばとても確約できる状態では無いと考え、とうとう徳島椿協会の事務局を担当されている谷中先生に電話をし、事の次第を説明したのである。谷中先生は、一昨年、神戸KCSの機関誌カメリアに「脳卒中と椿」というテーマで私が投稿した文章を読まれており、事の次第をすぐ理解され、それなら徳島椿協会で支援をしましょうとの有難いお話を頂き、すぐ会員の方と連絡をとって頂き、結局4名の支援者を紹介して頂いたのである。思ってもみなかったお話がとんとん拍子に進み、本年2月07日には14名の徳島椿協会の会員が集まり、新年会を兼ねた総会がカメリア老人ホームで開催され、その場で私が説明をする運びとなったのである。
脳卒中の後遺症の影響で、纏まった話がしずらいので、企画した内容を纏め、また現物の花瓶、展示用写真等のサンプルを持参し、神戸KCSと同じ様式で考えていますのでお願いしますと言ったのである。この会合で、開催日時、詳しい場所、主催者、企画立案及び推進係を決めた。私は企画係として担当することとなった、とにかく阿南の椿自然園の木本さまの全面的な協力を頂き、全員でぜひ成功させましょうという事になった。
徳島の椿協会は第8回全国椿サミットの開催を経験されており、メンバー表を見て、当時の常松事務局長さまや、会場を提供して頂いた阿南椿自然園の木本様他錚々たるメンバーが出席されたのには驚いたのである。私のような新参者が発起人となり詳しく説明するなど、今から思えば生意気者に移っただろうと思われる。この総会では前会長が逝去のため会長不在だったので、会長選任の動議も出され、新しく祖父江前農業大学校の校長先生が選ばれ、谷中先生は事務局留任の新しい体制で活動することとなった。
徳島椿協会は、ここ数年間椿展の開催はされておられないようであった。久しぶり
に椿展
が開始できるとあって、皆さん期待しているようであった。この総会で、谷中先生がまとめをされ、ほぼ骨子が固まった。(続く)